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使えない、携帯電話 [時事]

午後2時過ぎ、育苗温室を完成させて、2時前に家に着く。

2時半過ぎ、地震らしい揺れを感じる。しばらくすると大きく揺れる。それでも、普段より大きいかな?という程度。

たまたま、午後有給をとって帰ってきた娘とコタツに入っていると、激しい横ゆれが続き、これは尋常でないと思い、玄関にでる。地面がゆがんだように揺れている。上を見上げると電信柱が小刻みに左右にゆれている。前のお宅の母娘が、庭に出て手をとりながらしゃがみこんでいる。そのお隣のおばちゃんも、真っ青な顔をして道に飛び出てきた。

大きなゆれはおさまったようなので、一旦家に入る。リビングの電気のかさがまだ大きく揺れている。揺れはまだ続いているようだ。

二階の自室に上がってみると、本棚から数冊飛び出し、真下に置いてあった君子蘭の太い葉を3枚ほど引きちぎっていた。クリアファイルも1冊、パソコンの上に落ちていた。
テレビを点けると宮城沖が震源でかなり大きな地震らしいことが判明。急に都内に住む母の安否が気になって固定電話、携帯を使い立てづづけに連絡を取るにも、全く通ぜず。その後、息子の携帯にも連絡を取るが、やはり通じない。そうこうしてると、再び大きなゆれ戻しがきた。慌てて階下に降りてまた玄関に出てみた。先ほどと変わらないくらい大きな揺れだ。

しばらく固定電話をかけ続けたところ、母と連絡が取れた。かなりゆれたが、特に大きな被害はないという返事にほっとする。たんすの上においていたガラスケース入りの人形が落ちて、ガラスが割れた程度だった。

息子への連絡はあいも変わらず、通じない。22時過ぎにやっとこちらの携帯に連絡が入る。丸の内を出て品川駅前を歩いて、横浜の自宅にむかっているという。
娘は自宅に帰っていて、その直後に地震にあったので、ラッキーだった。そうでなければまだ勤務先に泊り込むような事態になっていただろう。

PCのツイッターを開くと、断片情報だが帰宅できない人向けの公共施設、お店の開放状況を頻繁に教えてくれている。これは助かる。

東北地方の皆さん、被害状況はいかがですか? あっ、またゆれた。しばらくは不安な状況が続くかもしない。
こういうときは周りの人と声掛け合い、不安を紛らわすようにしたほうが良い。


朝青龍とともに北の湖理事長も辞任すべきだった [時事]

5回目の注意ならびに処分を受けてきた朝青龍がついに辞任に追い込まれた。
横綱にあるまじき素行の悪さが、結局自分で自分の首を絞めた格好になった、今回の辞任劇。

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この間、相撲界は新弟子殺害、大麻所持事件、八百長疑惑、などありったけの醜態をされけだしてきた。
醜態を演じたのは事件の当事者たちだけではなく、相撲界のトップだった前北の湖理事長の指導力、危機管理能力のなさも多くの人の失笑を買ったと思う。

角界の最高責任者である理事長が朝青龍の処分を凛として行わなかったこと、これが今回の不透明なドタバタ劇を招いた遠因だ。
ことの本質は朝青龍自信の自覚のなさに尽きるが、彼を指導しきれなかった師匠・高砂親方の責任でもあり、理事会を含む相撲界全体の責任でもある。これだけ何度も世間から顰蹙を買うような事態に至ってもだれも責任をとろうとしない、相撲界の体質。

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モンゴルでのサッカー問題が起きたとき、北の湖理事長が自ら身を引き、ことの重大さを朝青龍に身をもって教えたなら、相撲界も自浄作用が働き展望が開けたかもしれない。
トップが自分の責任を棚上げして、不祥事を起こした本人だけを、トカゲの尻尾切りで処しても、下の人間は絶対に納得はしない。だから同じような不祥事が連綿として起こるのだ。
その意味で北の湖が不承不承理事長職を退いたあとも、いまだ理事のイスにしがみついているのはどうかと思う。

トップ自らが出処進退を誤ると、腐敗の根っこはいつまでたっても払拭されない。
第二、第三の朝青龍が今後出てきてもなんら不思議ではない。


恵方巻きの戦略 [時事]

節分の日、縁起のいい方角(恵方)に向かって太巻き寿司(恵方巻き)をかぶりつきながら、願い事を念じるという大阪独特の風習。

この風習がなぜか関東でも今年は目に付く。回転寿司の折込チラシにも予約販売の受付を募っていた。恒例のタレント、有名人による豆まき風景に混じって、恵方巻きもニュースに取り上げられたので、余計目に付いたのかもしれない。

さすがのコンビニも売り上げが減少するほど世の中の景気が落ち込んでいる。外食産業はさらに落ち込みが激しいと聞く。生き残りのためなら何でも便乗しようという魂胆が透けて見える。
バレンタインデーとホワイトデー、クリスマスにハーロイン、業界こぞっての販売促進キャンペーンとそれに踊らされる消費者。

恵方巻きも同様の戦略とみた。そのうち大阪今宮戎神社、通称「えべっさん」や大阪天満宮の「天神祭り」にあやかった商品戦略が画策されるかもしれない。

昔から風俗産業は西から東に流行が伝わるのが定石だが、商人の町・大阪人の発想はてらいもなく奇抜だ。こんな破廉恥なことを、なんとまあと呆れているうちにどつぼにはまるのが関東人の常だ。

風習を真似るつもりはないし、太すぎる巻き寿司もあまり食欲がわかない。よって我が家では「恵方巻き」は話題にすら上らなかった。


田んぼで婚活 [時事]

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今年の5月に新潟市内の田んぼで男女80人が参加した「農コン」イベントが行われた。
イベントを企画したのは「新潟青年協力隊」。

この企画のユニークなところは男女の出会いの場を田んぼに求めたことである。80人の男女比は不明だが、積極的な女性とおとなし系の男性が目立ったそうである。

当ブログでは今年の9月11日に「嫁不足解消に自治体が本腰」のテーマで記事をアップした。そのなかで書いたことだが、ほんの少しまえまではこの手のイベントには圧倒的に女性の参加者が少なかったが、近頃は様変わりで女性も積極的に応募してくる。

いわゆる「肉食系女性」と「草食系男性」が目立つ世の中になったが、男が弱くなったのか、女が強すぎるようになったのか、ま~どっちともいえるのだが、私の年代でもパワフルなのが女だ。亭主をほったらかして年に何度となく海外旅行をしている。

海外旅行が即「肉食系」のバロメーターではないかもしれないが、好奇心、行動力、バイタリティーなど積極的でなければ海外へ出かけることは難しい。

昨年の外務省の統計データを見ると海外へ出かけた人は914万人。全体の男女比では男52%、女48%だが、15歳から29歳までの男女比を見ると女56%、男44%と大きく逆転している。
数字からも元気なのはやはり若い女性ということだろうか。

田植えに参加した女性も「草食系男性ばかりで物足りなかった」と正直な感想を述べていた。しかし、最終的に2組のカップルが成立したというが、この数字が少ないのか妥当なのかは皆目見当がつかない。

思うに体力勝負の農作業や農作業のあとの食事作りでは男女問わず“生活力”が試される。頼りになる人かどうかがよくわかる。
農作業には人の性格がよく出る。粗雑な人、適当な人、乱暴な人、その逆に緻密な人、堅実な人、律儀な人、優しい人、丁寧な人。農作業は裃を脱いだ素の人間が出る。

男女の出会いを「農業」に求めたのは、ごてごてと着飾ったものを取っ払う意味で、とてもいい試みだと思う。文字通り“自然な”男女の出会いが叶ったら万々歳である。
写真は「サンケイニュース」から拝借

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共通テーマ:恋愛・結婚

農業では食えない? [時事]

2組の30代の子持ち夫婦が新規就農した。その一年間の様子をレポートした3時間番組を興味深く拝見した。

一人はIT関係の技術者で年収900万を捨てて、妻と2人の子供とともに千葉の館山に移り住み、畑を借りた。もう一人は神奈川の藤沢で福祉関係の仕事から地元の休耕地を借りて、農業に転じた。

館山の彼はトマトに農薬を8回かける慣行農業で主要な販路は近辺の直売所、藤沢の彼は無農薬と不耕起栽培の併用で主要な販路は曲がったキュウリを気にしない人たちへの宅配と、好対照だ。

2人の就農にあたっての初期投資額は100万円にも満たないから、農業機械の類は一切なしの、露地栽培。ときどき夫婦とその両親、友人の力を借りて、人力でコツコツと耕している。

館山の彼はカボチャの苗を早く移植しすぎて、寒さにやられ途中でほぼ全滅。気を取り直して再び苗を植えるが、今度は春の嵐で根こそぎ吹き飛ばされて最終的には4株しか育たない。

藤沢の彼は2箇所の畑を借りたが、1箇所は10年間放置された雑草天国の荒地で、根を張った竹をパワーシャベルをレンタルして、文字通り根こそぎ掘り起して畑に戻した。

最終的な損益はそろって赤字だが、館山の彼は12万強、藤沢の彼は50万弱。
機械や施設費用の投資がない分、赤字幅は初年度としては少ないほうだろう。しかし目標とした年収120万には届かない現実は厳しいとしか言いようがない。今後の子供の教育費などを考えれば、他人事ながらどうするのだろうと心配してしまう。

しかし農業に転職してから、特に館山の彼は体重が20kg以上減り、顔も日焼けして精悍ないい顔になっていた。2人の男の子もいきいきしてたくましい。
農業への転職で一番ネックになるのが奥さんの反対だが、2人の場合、それはなそうだ。
藤沢の奥さんの場合は彼女のネットワークで個人客が多数開拓されていた。

慣行農業でも無農薬栽培でも、一定の技術・知識水準があれば初年度からある程度の作物は作ることができる。しかし、それを誰にどうやって売るかというのが一番の難関である。直売所で売れば15~20%のマージンが発生するし、宅配は車の維持費がネックになる。藤沢の赤字額の大半が宅配のガソリン代で占められているのも肯ける。

さらに、野菜の販売価格そのものが低すぎる。やはり野菜に付加価値を加えなければ飛躍的な収益構造の改善は難しいだろう。
しかし2人はまだ若い。発想も柔軟だろうし、そのあたりは十二分に考えているはずだ。
10年後の2人をレポーとする番組を期待したい。

気象用語・天気は下り坂 [時事]

雨は洗濯物や布団干しにとっては天敵のようなものだ。
特に主婦にとって雨は嫌われ、雨が降ると「天気が悪い」という言い方になる。

しかし、農業にとってはときに恵みの雨になり「天気がよい」になる。抜けるような晴天と乾燥はこの時期特有で、行楽や運動会を楽しみにしている人には喜ばれるが、作物にとっては苛酷な環境だ。

播いた種は水分が少なければ発芽の準備が出来ない。
葉は呼吸のたびに水分を放出し、根は不足した分を葉に供給しなければならない。しかし根の周りの土には十分な水分がない。根は必死に水を求めて動き回る。

秋の長雨の始まりは水に飢えた作物にとって「慈悲の雨」となる。何事も表裏一体で天気の良し悪しの判断は立場によってがらっと変わる。

中立公平をモットーとするお役所は雨が降ることを間違っても「天気は悪い」とはいえない。そこで微妙に言い換えたのが「天気は下り坂」である。

農家レストランを訪れる [時事]

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作業日の谷間の木曜日に練馬区大泉にあるレストラン「La毛利」に行ってきた。

レストランの所在地は体験農園の先駆的存在の「大泉風のがっこう」の白石農園の一画にある。
西武池袋線「大泉学園」からバスで15分ぐらいか、いたって交通の便が悪いところだが、平日のレストランは予約客で満杯、われわれおじさん5人連れ以外はすべて女性。
女性専用車両にはだいぶなれたけど、女性占有レストランにはいささか面食らう。

日替わりランチメニューは3種類、前菜+スパゲッティ、前菜+メイン料理、前菜+ミニスパゲッティ+メイン料理の3コース。前菜、スパゲッティ、メインはそれぞれ3~4種類のなかからチョイスできる。自家製パンと食後の飲み物が必ずつく。

レストランで使われる野菜は目の前に広がる白石農園のとりたて野菜だ。レストランの窓越しに「大泉風のがっこう」の区画割された畑が広がり、遠景には一面のブロッコリー畑が広がる白石農園が望まれる。
おそらく、3町歩以上はありそうな畑だ。都心から外れたとはいえ、23区内にこれだけの畑が広がるのはこのあたりだけだろう。練馬のチベットといわれるくらい、最寄の私鉄沿線駅からレストランまでの交通の足はバスしかない。

それでも予約客で店は大繁盛である。こうした農家レストランはブームのようで周りにも何軒かあるように聞く。近郊農業の生き残り戦略の成功例である。

嫁不足解消に自治体が本腰 [時事]

世の中の農業ブームもここまで来たかという話をひとつ。

元サッカー選手の中田ヒデは機を見るに敏な男だが、彼のHPで「これからの日本を救うのは農業ですね」とおくめもなく書いている。
また、渋谷109あたりにたむろするギャルが田植えツアーに青森まで駆りだされ、当人たちも嬉々として出かけてしまうほど農業がトレンドになってきた。

わたしが監事を務める「埼玉グリーン・ツーリズム協議会」の例会でこんな話が出た。

農村の慢性的嫁不足は相変わらず深刻だが、埼玉県のある村役場主催で「合コン」を計画しているという。15対15で以前なら女性の参加者が集まらなくて困っていたのが、昨今はその逆で女性のほうがすぐに定員に達してしまうらしい。

例会に集まったある理事の推測によれば、肉食系女性が草食系農村跡取り男性を求めて「合コン」に参加してくるらしい。また別の理事に言わせると、実は農村の嫁不足は実態の半分しか見ていないそうで、肉食系農村跡取り男性はしっかり嫁さんを捕まえており、草食系男性に嫁のきてがないというのが本当のところだそうだ。

またある理事はもし男性が定員に達しなければ、自分がボランティアで参加してもいいと発言した。
もちろん妻子もちのおじさんは「ノーサンキュー」ではあるが。

農業とビジネス [時事]

常々人から聞かれと「農業と福祉は半分ビジネス、半分ボランティア」のつもりで取り組むべき、と答えている。

農業と福祉の共通項は作物と人間の違いはあるものの、ともに“生命”と直接向き合うことである。

新規就農する人たちが5年以内に黒字化する割合は5割以下だそうだ。福祉関係の業界は労働に見合わない低収入で若い人がどんどん離職していく。農業も福祉も得られる収入は社会一般の平均値をかなり下回る。

農業も福祉もビジネスと割り切ればこれほど割の合わないビジネスはない。
しかし、特に農業はビジネスではないと割り切ると、農業ほど心地よい仕事はない。

サラリーマンを辞めてプロの農家として、しかも有機・無農薬野菜を育てている人には、やたらと気を惹かれる。ある人は年収2000万円からたった120万円に激減しても、120万に見合った生活ができるし、楽しみも見つけられると断言する。

農業をビジネスとは思わず、農業=生活という割りきり方をすると、今まで見えてきた世界とはまた違った世界が見えてくるのだろう。

私自身も定年5年前にサラリーマンを辞めて、プロの農家ではないが農業にかかわる生活を続けてきた。しかし税務署に申告すべき所得はない。おそらく今後もそれは続くだろう。

でもほぼ毎日、畑におのずと足が向くほど、楽しさを実感している。農業には金に換算できない魅力がある。

3%の人が41%を支えている! [時事]

3%の農業従事者が日本の食糧の41%を支えている。

日本の食糧事情を端的に言い表せばこのような言い方になる。

昭和30年代以降、工業化の波に押しつぶされてきた農業は非効率の代名詞のように見られてきた。しかし、皮肉にも、その工業化の恩恵で農業機械と農薬・化学肥料の3種の神器で効率化を図ってきた農業が3%の労力で41%の高い生産性を維持している。

こう考えると農業従事者が倍の6%になれば自給率も倍近くになりそうな気がするが、ことはそれほど単純ではない。全く同じ生産物の生産量が倍に増えれば価格が半分以下になる。豊作貧乏という状況を過去、何度も経験していることからも容易に想像できる。

ならばかつて作られてきた作物でいまは輸入に頼っているものを重点的に日本国内で復活生産すれば41%が限りなく80%に近づくはずだ。
身近なもので小麦、蕎麦がとっさに思いつくが、国際価格差が障害になって作ることはできても売り先が容易に見つからない。品質、味に差がなければ、消費者はわざわざ値段の高いパンや蕎麦を食べることはないだろう。
「自給率向上につながる」という大義名分だけでは消費者の胃袋を満たすことはできない。

ここはやはり、主食ならび主食に準じる作物、ならびに味噌、醤油のような基礎食品の原材料となる大豆、あるいは家畜の餌となる飼料などを重点的に価格差解消補填を国が直接、間接に行うことが求められる。

もしくは日本とは歴史的背景の違いはあるがドイツやロシアのように市民が直接食糧を自給生産して、つまり個人個人の責任において家庭の自給率を上げることで、国家的な自給率の積み上げにつなげるという方法もある。

「トコトコ農園」では年間30種類以上の有機無農薬野菜を作っているが、週1回の収穫で有り余るほどの野菜を持ち帰ってもらっている。あらゆる種類とはいかないが、季節野菜に関しては家庭自給率が100%に限りなく近い。
スーパーで買うものといえば、いまのところ主としてキノコ類、生姜、ニンニク、タマネギ、ニンジンといったところに限定されている。

遊休農地の有効活用が制度上簡便になり、農業ブームの波を政治・行政がうまく掴まえることができればこの国の食糧事情も少しは光が見えてくるのだが・・・。


農業ブームはいつまで続く [時事]

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いまや世の中「農業」ブームだ。

先日、TVコマーシャル制作会社から「タバコ」と健康イメージを強引にくっつけるために若い農業生産者でかつ愛煙家を探しているので、心当たりの人を教えてほしいという怪電話があった。

あまりにもお手軽なTV関係者にはいつも苦笑させられる。時間勝負のTVの宿命かもしれないが、特にこの手の依頼電話やメールが結構多い。
ちょっと厳しい返事をしてやると、全くといっていいほどなしのつぶてで終わってしまうのが常だ。

渋谷あたりに徘徊する小娘を遠く秋田か青森までロケバスに詰め込み、色あざやかなロングブーツ姿で田植えをやらせる番組企画があった。シナリオは誰もが想像できるもので、彼女たちの言動もやはり予想通りだ。

安易なやらせ企画に大金を払うスポンサー、どっちもどっちで何かが狂っている。
そんな金があるなら生産者から適正な値段で農産物を買い取ってくれたほうが、よっぽど世のため人のためになる。

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