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ブログ引っ越しのお知らせ

所沢市から札幌市に移住したため、新たなブログ「札幌物語 徒然なるままに・・・」(エキサイトブログ)を作りました。 札幌移住計画をお考えの方、札幌を含む北海道観光・食情報など「北海道」に関心のあるかたは下記へアクセスしてください。 <ブログアドレス> http://kk1448.exblog.jp/

小麦の選別 [作業日誌]

足踏み脱穀機の機嫌を取りながらなんとか脱穀作業を終えることができた。

さて、今度は小麦の実に混じった籾殻やその他のゴミを取り除く作業である。

昔は木で作られた巨大扇風機のような「唐箕」を使うのだが、これも足踏み脱穀機同様、文化遺産のような代物で、今ではほとんど目にすることはない。まして使われることもまずない。

そこで「唐箕」の原理自体シンプルなので、それに代わるものを作ってしまえばよいわけで、その通りやってみた。

それが写真にあるように、家庭用の扇風機とダンボールの組み合わせで、いとも簡単にできてしまう。
あまりにも簡単すぎて、これで本当に籾殻やゴミを選別できるのだろうか。

それが立派に出来るのです。

ダンボールの上部をくりぬいたところに、ゴミ混じりの小麦を無造作に落とすと軽い籾殻やゴミがダンボールの外に吹き飛ばされ、重い小麦の実だけがダンボール内に貯まっていく。

約60kgくらいあろうかと思われる量を1時間足らずで処理してしまった。

改良点は作業終了近く、ダンボールが実の重みでゆがんでしまったので、来年は木枠を作り、その外側にダンボールのような厚紙を貼れば問題ない。
それと出来れば扇風機より強い風をおこせる業務用の送風機があればさらに効率はアップする。

8月のお盆前までに2度ほど実を天日乾燥すれば、後は製粉所に持ち込むだけでよい。

1年目より2年目、そして3年目の来年はさらに作業の効率化をはかるアイデアが出てくるだろう。

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小麦の脱穀・続編 [作業日誌]

小麦畑に脱穀機を運び込み、穂の狩リとりにあわせ次から次へと脱穀をする算段である。

踏み板を踏み込むとカラカラと軽快な音を立ててドラムが回転する。面白いように穂から実が落ちていく。
会員がわれもわれもとかわるがわる脱穀作業を体験してみる。

脱穀し終えた藁が軽トラの荷台に乗り切らないほど、作業は順調にすすんだ。

ところがである、次第にドラムが不規則なきしむ音をたてだした。どうやらドラムを支える部品の具合が悪く、木枠にしっかり固定されているべきドラムががたがたしだしたようだ。

回転軸にはたっぷりグリースをさしたが、長すぎた空白期間であちこちにがたがきているらしい。ついに脱穀機は悲鳴を上げて、動かなくなった。

懇意の自動車修理工場に脱穀機を持ち込み、みてもらったが、どうやらベアリングに不具合がでてきたらしい。
12個入っているべきボールの半数近くがいびつになっていたり、欠けていた。

昭和初期に作られたであろう特殊な機械の純正部品など、今はどこを探してもない。そもそも足踏み脱穀機メーカーなぞいまや存在しない。

もはやこれまでか?

しかし残った半分のボールをまた入れなおし、組み立てなおすと、また機械は機嫌を直してカラカラとドラムを回わしはじめた。

そして残りの穂の約半分ほど脱穀しおえると、再び機械は動かなくなった。やはりボールが半減したベアリングでは機械のようはなさない。

後の半分は昨年同様、穂をひたすらたたきつけてやるしかないか?
あきらめかけると去年の悪夢がよみがえってきた。

しかし、ただ一人あきらめずに修理に執念を燃やした人がいた。自動車の整備をやっていたMさんである。
ホームセンターで台車の回転足を買ってきて、分解してボールを取りだし、そのボールを脱穀機のベアリングに入れ替えたのだ。

機械は三度機嫌を直して動き出した。前にもまして快調そのもの、カラカラとはずむような音を鳴らして。

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小麦の脱穀 [作業日誌]

昨年初めて小麦作りに挑戦したものの、脱穀機や唐箕といった機械の類を一切使わず、脱穀から選別まで人力で済ませてしまった。

梅雨の晴れ間を選んで、炎天下での原始的な作業のおかげで、会員から悲鳴と不満が渦巻いた。
そこで今年は機械をなんとか調達する条件で、昨年の倍の2kgの種を播いた。種類はもっともポピュラーな「農林61号」だ。

さて問題の機械の調達だが、ひょんなことから大学の級友が都下、昭島市の代々の農家で、蔵の奥にまだ脱穀機が眠っているはず、という有力情報を得た。

そこで写真のような足踏みの脱穀機を譲り受けてきた。昭和初期のものではないかと推察するが、踏み板を踏み込むと、カラカラと快調にドラムは回る。
構造的にはとてもシンプルなので、早々には壊れることがないようだ。


いかにも「私に任せてください」といわんばかりの人間的な暖かさを感じる機械である。
ホーロー製のレトロなネームプレートもまたいい。色も鮮やかさを失わず、民芸品を思わせる。

さていよいよ、麦をかり、束ね、穂を機械にかけたが、これがなんと・・・

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亡き編集者をしのぶ会

7月8日(日)銀座のとあるイタリアレストランを借り切って、今年3月に突然死してしまった元「プレジデント」誌の編集長を務めたKを偲ぶ会が行われた。

Kは私より8歳年下で、私より少し前に退職して栃木県の馬頭町に家族3人で引っ越してしまった。田舎暮らし10年目での不慮の事故死だった。趣味だったサイクルロード中に心臓発作(?)で意識を失い、崖下の用水路に顔を突っ込み、溺死した。

Kはなかなか社内外で人望があり、酔っ払うと男女見境もなく抱きつき口付けする奇行の持ち主で、新宿3丁目をこよなく愛した男だった。Kに唇を奪われた男女は数知らず、しかしそれが原因で人間関係を悪くしたという話しは聞かない。むしろその逆で数々の奇行が偲ぶ会で披露されると、会場は和み爆笑の渦になった。

当日の参加者はプレジデント関係者(OBと現役)が15名、残りの50名あまりは彼と親交の厚い、著者、ライター、カメラマンといった外部の人たちである。

その中の一人、いまやノンフィクションライターの大御所の一人である「佐野眞一」も偲ぶ会の発起人に名を連ねていた。「東電OL殺人事件」などベストセラー本を何冊も書いている。

「佐野眞一」は七校の2年先輩にあたり、名刺交換をして少し話をした。
佐野氏とKはプレジデントの企画、戦後45年史のなかで「無着成恭」を佐野氏が担当したことから付き合いが始まった。
佐野氏はこれをきっかけに、現在のノンフィクション作家として歩みだしたといっていた。
浅からぬ縁である。

Kと私のそもそもの共通点はともに「田舎暮らしの本」(現在は月刊誌だが、創刊当時は旬刊だった)の創刊当初からの愛読者だった。

そしてKは10年前に田舎暮らしを実践に移し、私も8年前から田舎暮らしを見据えたNPOを立ち上げ、都市に背中合わせの手軽な田舎暮らしを楽しんでいる。

Kは2年前、「トコトコ農園」を訪れ、「プレジデント」で紹介記事を書いてくれた。これから互いの田舎暮らしを肴に
飲む約束をしていた矢先の出来事だった。

おそらく本人は自分があちら側の世界にいってしまったことをいまだ自覚してないかもしれない。

いつも思うことだがいい奴から先に逝ってしまうのは本当に悔しい。


来園者紹介 [畑で婚カツ]

昨日、土曜グループの作業中に一昨年の6月に実施した「畑で婚カツ」の参加者で、めでたくゴールインしたカップルが、結婚の報告を兼ねて畑に訪ねてくれた。

二人の共通の趣味がサイクリングで、その話で盛り上がったようだ。出会ってまもなくとんとん拍子に交際が進み結婚に行き着いた。

お二人からは何度かメールをいただいて、畑に来てくれることになっていたが、私のほうの都合があわずのびのびになっていたが、やっと実現した。

晴れてはいたがあいにく風が強く、また気温も低かった。熱いコーヒー菓子を食べながら、二人は会員と談笑して11時ごろに帰られた。

昨年は「畑で婚カツ」が震災と原発事故の影響を受け、野外での活動を嫌ったのだろうか、参加者が思うように集まらずやむなく中止した。

1年間のお休みをしてしまった「畑で婚カツ」イベントであるが、相変わらず潜在的なニーズは高いので、どのようなスタイルで再開するかを現在検討している。

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爆弾低気圧 [作業日誌]

台風、春の嵐とも違う爆弾低気圧。初めての経験です。

爆弾ハンバーグは知っていますが、爆弾低気圧は初耳です。

関東地方は夕方から風雨が強くなり、5時ごろ外出したら傘がさせず、やむなく徒歩でいけるところを車を使った。ちょうど車も汚れてきたので天然・無料洗車代わりになると思って。

夜になって随分雨風もおさまって、ヤレヤレと思っていたら深夜までときおり思い出したように、猛烈な突風の音に目を覚ましてしまった。このあたりが台風と違うところなんですね。

畑も相当被害を受けたかもしれない。しかし思ったほどでもなく、トンネルとマルチが一部はがされ、飛ばされた程度で大きな被害は被らなかった。

周囲の農家のトンネルもことごとくまくられていたので、強風の威力は相当なものだったのでしょう。

津波の爪あと [身辺雑記]

震災から一年をすぎた被災地を訪れる機会があった。

従兄弟の父親が急死して、その告別式に宮城県亘理町を訪れた。亘理町は仙台から常磐線の上り列車で30分ほどの距離にある。津波被害で上り列車は亘理で途切れたままである。

ここは三陸沿岸の町に比べ、被害そのものは大きくなかったせいで、あまりマスコミに取り上げられることが少ない。
しかし、海岸から約2キロ離れた常磐線は線路が流され、駅舎は跡形も無く壊され、通勤通学の足が奪われたまま一年がすぎてしまっている。

従兄弟の家は亘理の隣駅「浜吉田」の目の前だが、新築のせいで無事だった。しかし津波は一階まで押し寄せ、さらに1km先の常磐自動車道にまで達した。

従兄弟の家の寺は海岸から1kmのところにあって、寺を取り囲むようにあった集落は新築家屋が3軒ほど残こして総て流された。避難するような小高い山も無く、この集落だけで80名のかたがたが無くなった。

墓地墓石や灯篭も流されたようだが、今はなんとか復旧していた。見渡すかぎりの荒野が広がり、そこにぽつんと寺と墓地がかろうじて残っているだけだ。

寺の上空を見上げると、大きなとんび2羽が1羽のカラスを追いかけまわしてりる。

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いつまでも寒い春 [作業日誌]

北国の春を体験していないので、花々がいっせいに咲くという実感がわかない。
しかし今年は関東でもまだ梅が満開に程遠く、まさかとは思うけど梅と桜の時期が重なり合うこともありうる。

写真は1月末の雪景色だが、ドラム缶に張った氷の厚さが、例年になくぶ厚い。
この寒さも地球温暖化の影響というから、素人にはなかなか理解しにくい。

秋冬野菜の苗作りが暑さで年々、難しくなっているが、今年は春夏野菜の苗作りも寒さで難しい。
暖かさの兆候をみて種まきをしても、また真冬に逆戻りで発芽温度になかなか達しない。
3~4日で発芽するはずが1週間以上かかる始末。

今日もまた外は冷たい冬の雨が降っている。
明日、ジャガイモの種芋の植え付けを予定していたが、来週延ばしになりそうだ。

春の先延ばしは勘弁してほしい。


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東京マラソン・2012 応援ツアー [作業日誌]

農園の会員の中にマラソンを趣味にしている人何人かいる。
Mさんもその一人だが、6回目にしてやっと東京マラソンの出場が抽選で叶った。

そこで農園のメンバー有志でMさんの応援をすることになった。会員の半数が参加して応援ツアーにいってきた。

東京マラソンは36000人の参加者が都内の主要なスポットを走りぬけるので、マラソン愛好者にとっては人気の大会だそうである。沿道で応援する人も130万人を超える、一大イベントをこの目で見てきた。
Mさんの応援地点を比較的人出が少なそうな浅草橋ガード近辺とあらかじめ決めたものの、それでも沿道の応援の人が多すぎて、Mさんを見逃してしまった。

5分ほどMさんが立ち止まり、われわれを見つけてくれたが、それでリズムを壊したのだろうか、30kmを過ぎたあたりから急に足が動けなくなってしまった。応援が仇になったのか気の毒なことをした。

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ランナーは思い思い、奇抜な格好をして楽しんでいる。そのなかで異彩を放ったランナーが目の前を通過した。
十字架を背負い、上半身裸、足元も裸足、これには笑ってしまった。
ベストコスプレ賞間違いなしだ。

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応援ツアーは同時に浅草近辺の下町散策ツアーもかねていて、午前中は合羽橋道具街、浅草ロック、浅草寺参り、小腹がすいたので「セキネ」の肉まんを立ち食いし、午後は完成直前のスカイタワー見物、そして最後は本所吾妻橋でお好み焼きを食べて現地解散。

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一人の迷子も出さず、応援&下町散策ツアーを無事終了した。





不法投棄への憤り [作業日誌]

この時期は昨年末から引き続きダイコン、ハクサイ、ネギの収獲だけで、これといった畑の作業はない。

そこで手入れを任された農園のすぐ近くの雑木林で落ち葉を集めたり、間伐したり、枯れ枝を集める作業をしている。落ち葉は堆肥に、間伐材や枯れ枝は薪ストーブの燃料にしている。

しかし毎年、不法に投棄されたゴミが軽トラック2~3台分でてくる。先週10日に拾い集めたゴミがちょうど軽トラ1台分もあった。
そしてちょうど1週間後の今日、また袋4個分の新たなゴミが捨てられていた。おまけに盗難自転車まで出てきた。

そのたびに市のクリーンセンターに運び込み、不必要な時間をとられている。
不法投棄する連中はおそらく常習犯だろうと想像する。わざわざゴミを捨てに来るはずもなく、通勤途中でゴミ捨て場として利用しているに違いない。

本当に腹が立つ。そして悲しくなる。

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食品の気持ち [身辺雑記]

昨夜から冷え込んで、今朝の寒暖計は限りなく零度に近い値を示していました。

湯たんぽの熱も心なしかこれまでより冷めるのが早いような気がします。思わず湯たんぽをしっかり胸に抱いて、もうひと寝入りと決め込み、頭からすっぽり布団のなかへもぐりこみました。

さすがに5度以下は冷えます。なんだか冷蔵庫の中の食品の気持ちがわかるような気がします。
庭のジョーロの水もしっかり凍っています。

畑のバケツも、これこの通り氷が厚く表面を覆っていました。どうなんでしょう、今年は寒さが早めにそして厳しいのでしょうか。1年前の今頃はどうだったのでしょうか。

喉もとすぎればなんとやらで、さっぱり思い出しません。脳みそも凍ってしまったようです。

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年賀状雑感 [身辺雑記]

インターネットの普及で年々、年賀状のやり取りが減少しているようです。

今回はじめて年賀状の受け取り先別に分類してみましたが、その結果は以下のようになりました。
受け取り枚数は100枚。

会社関係       30
大学関係       20
親類関係       14
NPO・農園関係   11
高校関係        9
その他         16 

これをみると会社関係が多いですね。退職してはや8年がすぎましたが、会社社会の日本の特徴をあらためて意識します。
大学関係はクラス、ゼミ、地域OB会の三系統にから構成されています。
親類関係は叔父、叔母が極端に減り、従兄弟、甥姪が中心で、時の流れを感じます。
NPO・農園関係は現在進行形の仕事(?)関係の割には少ないように感じますが、この理由は後ほど。
高校は約半世紀から付き合いが続くクラスの友人です。
その他はひょんなことで知合い、そのまま何十年となく年賀状の交換をしている人たちです。

まず最も多い会社関係ですが、一部の現役の社員を除き、大半が元同僚、部下たちで、もう何年もあっていない関係が圧倒的です。言葉を変えれば、年賀状のやり取りをしなくなった途端、文字通り音信普通になるような薄い関係です。

年1回会って旧交を温める関係が大学関係です。同じ学校関係では高校の友人関係は年数回、あるいはそれ以上あう間柄です。年賀状のやり取りはしないけれど、会って飲むような友人が9名以上います。

同じように年賀状の交換はしないけれど、かなりな頻度で会うのが農園関係者です。週1回もしくは2回以上顔をあわせるのであらたまった年賀状の交換はむしろ不自然、というのが少ない理由です。

年賀状の交換がけして太い絆の象徴ではないけれど、せっかく何かの縁で年1回の年賀状の交換をし続けているのをあえて積極的にやめる理由もないまま続いている、というのが本音です。

それでなくとも叔父叔母のように亡くなって関係性が自然消滅するケースが年を追って増えてくるのだから、せめて年1回の年賀状交換くらい残しておいてもいいのではないでしょうか。





原発事故の反省 [身辺雑記]

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお付き合いください。

昨年の福島原発事故直後の計画停電騒ぎのなか、電気に頼り切ってきた代替暖房器具として石油ストーブ通販で探し出し、購入しました。

家にある3台の石油ファンヒーターが揃って使用できないための苦肉の策でした。
昔ながらのシンプルな石油ストーブでしたが、まもなく計画停電も中止になり、結局新品の石油ストーブは使わずじまいになっていました。

買ったことも忘れかけていたそのストーブを引っ張り出して、私の部屋専用に使い始めたのが昨日でした。
マッチで火をつけると真っ赤な火が部屋を明るく照らし、ストーブの上にやかんを乗せました。
火力が強いので6畳の部屋はすぐに温められ、温度計は23度を示しています。火を細めないと熱いくらいです。

お湯もすぐに沸き、あっという間にやかんを2回取り替えました。お湯の次はもち網を載せて焼きましたが、これも瞬く間に焼きあがります。
次はロールキャベツをことこと煮て夕飯のおかずにしました。

そして3回目のお湯沸しをして、その湯は湯たんぽに使用しました。湯たんぽは何年ぶりでしょうか。
電気敷き毛布の電源はオフにして湯たんぽのみで寝てみましたが、十分暖かさは確保され朝まで湯たんぽは機能を果たしました。

そして湯たんぽの程よいぬるま湯は洗顔用に温度とともに量もちょうどいい按配でした。

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便利なようで不便な現代 [畑の風景]

原発事故で思い知らされたのが、電気万能の現代文明の危うさでした。

昭和20年代から30年代前半まではちょくちょく停電を経験しました。電力の安定的な供給体制が整わなかったのでしょう。家電製品がまだ全世帯にいきわたらず、もちろんクーラーなどなかった時代でさえ、しばしば電力不足がおきた時代でした。

そして現代では何から何まで電気に依存してしまい、電気はいつもふんだんにあるもの、という錯覚にどっぷり浸かっていた矢先の計画停電でした。

生活機能不全に陥り、だれもがそれを乗り越える知恵を働かせることができませんでした。世の中、緻密になればなるほどブラックボックス化してしまい、何をどうすれば良いかの判断がつきません。

原発政策を考えるとき、原発肯定派は電力供給不足を理由にあげます。原発否定派は安全を反対理由にあげます。どちらも一理はあるのですが、ある程度の不便さを受け入れ、可能なかぎり電気のない生活に逆戻りしてみるという視点が欠けているような気がします。

一度便利さを体験すると時計の針を逆まわりに戻すことはできないという人がいます。
大枠では確かにその通りだと思います。

しかし、それが総てに当てはまるわけでもないと思います。
具体的には燃料についてですが、暖房はクーラーか石油ファンヒーターですが、石油ファンヒーターは燃料は石油、そして動力は電気です。
しかし、薪が比較的手に入りやすければ、電気と石油に頼らず薪ストーブに代えることも可能です。

幸い日本は亜熱帯に位置し、木は森は、切っても切ってもすぐに再生するという自然環境に恵まれてます。
「トコトコ農園」には電気も水道も引いていないので、水はもっぱら雨水を利用し、調理用の熱源は薪ストーブに頼っています。
農園の周囲は鬱蒼とした林が広がり、毎年間伐や枝打ちをしないと林は荒れ放題になります。

そして切った木や枝はチップ処理加工業者にお金を払って持ち込み、細かく裁断したあと、ご丁寧に市のゴミ処理場にお金を払って持ち込み、燃やしてもらうのです。焼却のときの熱はそのまま大気に放出され、3重のお金と資源の無駄使いがまかり通っています。

電力自由化で電気の買取システムをすすめるならば、同じように薪ストーブ切り替えのため補助金を考えるべきでしょう。そうすれば木を切り出し、販売する専門業者が現れ、たちまち荒れきった日本の森林は再生できるでしょう。杉はどんどん切って、広葉樹に植え替えれば、花粉症対策にもなるでしょう。そのための医療費も激減するはずです。薪ストーブからでる灰は立派なカリ肥料として畑に戻してやります。

薪ストーブは現代人の情操教育にも役立ちます。いい年の大人でさえ火おこしのやり方を忘れています。
火おこしは、小さいものから徐々に大きいものへと火をつけるのがコツですが、はじめから太い木材に火をつけようとして失敗します。
小さいときから火おこしを覚えさせれば、子供によるライター火災事故はなくなるでしょう。火の怖さを知らない子供たちが増えています。オール電化の家の子は火も見たことがありません。灰を知らない子供がいます。

電気万能の便利な生活から多少不便でも、昔の生活に逆戻りするのもまた楽しからずやです。
薪ストーブでお湯を沸かすと、火力が強いのであっという間にわいてしまいます。おきを利用すればことこと煮込む料理もできます。
桜の木があれば燻製もできます。お餅もアットいうまに焼けます。もちろん焼き芋も家庭で手軽に楽しめます。


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脱穀機と唐箕 [作業日誌]

11月中旬に昨年の2倍の量の小麦を播きました。

12月初旬には第1回目の麦踏もすみました。来年の梅雨時には60kgの小麦を収獲する見込みです。

昨年からの課題は収穫後の処理作業です。梅雨の晴れ間の紫外線の強い日に機械を使わず手作業で脱穀するのはちょっと酷でした。

そこで手回しは早ければ早いに越したことがない、ということで行政の手を借りて脱穀機と唐箕を貸してくれる農家探しをしました。

隣の地区(中富地区)の農家が二つとも揃っていて、貸すことはやぶさかではないという色よい返事をもらえました。

脱穀機は足踏みではなく電動の立派なものです。立派すぎて軽トラに積み込むという難題が新たに発生しました。
一方、唐箕は木製でしかも少し小ぶりのものでこれは運搬も容易で助かります。


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整理整頓のマジック [作業日誌]

昨日17日(土)が農園の今年最後の作業です。

物置小屋の整理整頓がメインの作業です。小屋の中のものを一旦全部出して、畑の通路に並べました。
火事で焼け出されたような有様です。

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農具など普段使うものは入り口付近に、使用頻度の低いものは奥へ、という具合で整理しました。
個人の所有物や不要なものは廃棄しましたが、結果的にはその量はたいして多くもなく、大半をまた小屋に戻しました。

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ところがあれほど足の踏み場のないくらい雑然としていた小屋の内部は、ご覧の通りガラガラ、すきすきになりました。
これには会員一同、びっくり。これまではなんだったのだろう、というのが一致した感想でした。


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小屋の整理のあいだ、女性陣には昼食つくりをお願いしました。
白菜鍋、ダイコンの柚子味噌田楽、焼き芋に差し入れのお汁粉、デザートにリンゴ、そして〆に白菜鍋のだし汁にうどんを放り込んで完食。昼から少々食べ過ぎたようです。

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冬の定番 [作業日誌]

冬の作業には熱い飲み物と、熱い食べ物がほしくなります。

休憩にはアツアツのコーヒーと焼き芋がつき物です。焼き芋とお湯沸かしが同時にできるような時計型のストーブをかってきました。

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この日は5センチほどの霜柱が立ち上がり、地下足袋の底から冷気が伝わってきます。足元から冷えるときにはやはり、体の内側から温めるのが一番。

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ストーブの煙突を買ってこなかったので、燃焼が悪く煙でいぶされ困っています。体全体に燻製のようなにおいに取り付かれてしまいました。




柚子三昧 [作業日誌]

11月中旬から公私ともどもいろいろあって、ブログ更新が中断してしまいました。

師走になって、忘年会、会合など25日まで何かとせわしい状況が続きますが、忘れられても困るので記事のアップをすることにしました。

先週末、梅林で有名な「越生」に会員のTさんとともに出かけ、柚子を300個ばかり調達してきました。

越生は所沢から車で子1時間の距離にあり、梅林に加え柚子の生産にも力を入れている地域です。
柚子の生産者は町内で20軒を超えていますが、そのなかで最も早く柚子の生産を始めた農家をたずねました。

柚子の収獲は隔年ごとで、今年は当たり年だそうです。独特の鋭い棘には分厚い皮手袋をつけて収獲作業を行いますが、1年でその皮手袋がぼろぼろになるそうです。

もともとの柚子の原産地は中国の揚子江沿いだそうですが、生木でもよく燃えるほどの油分を多く含んでいます。
家に持ち帰った30個ほどの柚子はまず半分に切って果汁を絞り、同量の醤油、お好みに合わせて味醂を加え、そこに昆布と鰹の削り節をたっぷり加え一番寝かし、自家製ポン酢を作りました。

絞りきった柚子の内側の残滓をきれいにスプーンで取り除いていると、皮から油分が染み出て、手のひらがぬるぬるしてきます。

柚子皮は薄くスライスしたダイコンに巻いて甘酢漬けに、また残った皮で柚子ジャム、柚子味噌を作りました。
キッチンからリビングまで柚子の香りが終日残っていました。

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カリフラワー・ブロッコリーの青虫 [作業日誌]

カリフラワーとブロッコリーに取り付いた青虫の顛末です。

青虫は葉を食べているだけで特に実害は無いので気にもとめていなかったのですが、なんとなく気持ちが悪いという人もいるので、収獲のときつまんで取り除くよう指示しました。

カリフラワーの表面に青虫の黒い糞がポチポチと落ちてますが、洗えばきれいに取れてしまいます。

手でつまんでとった青虫は雨水槽で飼っている金魚の餌にしてしまいます。金魚にとっては活きのいい刺身のようなもので、うまそうにパクリと平らげてしまいます。

これも一種のリサイクル。畑には無駄になるものがありません。

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小麦つくりの準備 [作業日誌]

昨年に引き続き今年も小麦の種を播くことになりました。
昨年の2倍の量の小麦の種を播きます。すでに農林61号の種も届き、種まきの2週間前に畝の準備をしました。

スイカ、カボチャの後作に小麦を播くようにしましたが、手始めに大量のツルを片付け、しばらく怠けていた雑草をいつもの人海戦術で取り除きました。

21メートル長の畝を13本作り元肥として鶏糞を3,3平米当たり6kg投入し、播き溝の底にナタネ粕をふりまきました。
小麦は肥料でとれというくらい肥料食いです。2週間後の11月29日にいよいよ種まきをします。

来年の梅雨時の晴れ間に刈り入れをしますが、それまでに足こぎ脱穀機をどこからか調達しなければなりません。

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不思議発見!カリフラワーの茎の利用法 [作業日誌]

ブロッコリーとカリフラワーの収獲の時期になりました。

あるとき会員の一人がカリフラワーの大きな葉を見て、収穫後ただ捨てるのはもったないですね、食べることは出来ないのでしょうか。そう問われて、今までトラクターで粉砕し、畑にすきこんでしまい、食材として食べるという発想がまるで無かったことに気づかされました。

そこでさっそくネットで調べてみたら、食材としての活用法がいくつか出てました。
そのなかでひとつ、茎を煮出すとうまい出汁が出るというものがありました。

そこでカリフラワーの収獲を行った今日、一株の茎を持ち帰り、風呂吹きダイコンを作る際、出汁パック1個と出汁昆布2分の1枚にはじめてカリフラワーの太目の茎(葉は落とします〉を水から1本入れて煮出してみました。15分ほど弱火でダイコンが柔らかくなるまでことこと煮ると、野菜特有のやさしい甘さが出て、実にいい汁に仕上がりました。

各種煮込み料理(カレー、シチュウ、ハヤシ、ポトフー、ボルシチなど)にはもちろん、和風料理でも十分使えると思います。これからトライしますが煮干とカリフラワーの茎を1本入れて味噌汁のだしをとってみます。

写真は2点ともブロッコリーです。

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にわかに忙しくなりました [作業日誌]

10月末から11月にかけて、畑の作業がにわかに忙しくなってきました。

秋冬野菜の収穫を前に、さびしくなった葉もの類ですが、モロヘイヤが一人気を吐いて会員を喜ばせてくれました。しかし、さすがのモロヘイヤもついに息切れ状態になり、写真のような種をつけははじめました。
なんだか植物のような色形とは違い、昆虫のような形と色彩です。少しグロテスクに見えます。

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終焉期のモロヘイヤに取って代わったのがリーフレタスです。息長く収獲できる点ではモロヘイヤと肩を並べます。リーフレタスもまた会員に感謝されてます。

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そろそろブロッコリーとカリフラワーの収獲が始まりました。ニンジンも遅ればせながら今日、初収獲しました。

並行して来春の準備もすすめています。
春どり用キャベツの苗の移植とキヌサヤ、スナックエンドウそしてソラマメの種まきです。また今月中には本植を予定して、育苗中のタマネギはゆっくりではありますが、堅実に大きくなってきています。

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そうそう忘れてました。ダイコン、ホウレンソウ、ハクサイも順調です。ハクサイはこのところ10月初旬を思わせる暖かさのせいでしょうか、葉がまだしっかり巻いてきていません。しかし、立冬の今日から朝晩の冷え込みも厳しくなり、寒さとともに葉が芯に向かってぎしぎしと集まってくるでしょう。

サツマイモの均等配分 [作業日誌]

秋の味覚を代表する一品、サツマイモの均等配分の一こまです。

種類はベニアヅマで今年2回目の配分です。元肥の堆肥が効きすぎるのでしょうか、巨大な芋が出来てしまいます。
イモを掘り出したときの歓声は芋が大きいほど、高いのですが、大きいイモは調理しずらいのが欠点です。

蒸かすにしても焼いたりするのも大きすぎて調理器具が無いのです。

ちょこちょこ歩きの幼児の頭くらいの大きさのイモがあります。来年は元肥は入れず、痩せた状態の土壌で作るようにします。

小さなイモは休憩のときの焼きいも用にはじいてしまいます。結構な量になるのですが、週2回、1回につき15本前後食べてしまうので、あっという間に在庫がなくなります。

無くなると会員の福利費からお金を出して、いも農家に買出しに行くのです。ワンシーズンに2~3回は買出ししているでしょう。

皆さんなぜか焼き芋が大好きなのです。女性会員が多いからかしら?



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畑で婚カツの成果 [作業日誌]

昨年11月に行った「畑で婚カツ」で出会った二人が来月、結婚式を挙げることになりました。

10月25日(火)の作業日に二人揃って結婚の報告を兼ねて来園してくれました。

ちょうど二人が出あって一年の交際期間を経て第2組目のカップル誕生となりました。1組目は今年9月にゴールインしたことを知らせてくれました。

火曜グループの会員の何名かは昨年11月にスタッフとしてイベントの進行をしていたので、心から暖かい拍手で二人を歓迎しました。この日は10月下旬とは思えない暑さで、カップルの熱々ぶりを見せられて更に暑く感じます。

「トコトコ農園」恒例の焼き芋を食べながら会員と談笑する二人。1年後に結婚という成果が出て「畑で婚カツ」の意義を再認識しましたが、今年は放射能汚染問題に影響され、残念ながらイベントはやむなく中断という状況にあります。


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野菜の直販 [作業日誌]

隣の市の公共施設「サピオ」で秋祭りが行われ、館長の呼びかけで「トコトコ農園」の野菜を直売した。

秋晴れの土曜のはずだったが、夜半から午前中にかけてあいにくの雨。10時のオープン時には最もひどい降りで、訪れる客足は極端に鈍い。

雨がこのまま降り続けば、用意した野菜、トン汁は売れ残ってしまう。しかし昼近くになってこやみになり、客も徐々に増えてきて、ニンジン、コカブ、コマツナ、サツマイモが完売。売れ残ったのはカボチャとジャガイモだけだった。トン汁はラストスパートがきいてついに完売。

客の好みがよくわかったことが今回の成果だ。客の大半は老人なので大きなカボチャは手に余るようだ。ジャガイモはストックがきくので、売り方を考える必要がある。例えば蒸かしたイモを試食してもらい違いをアピールするとか・・・。


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どうしたの?今年のオクラ [作業日誌]

あと十日もしないうちに11月になります。

先週の会員むけの作業内容連絡メールのなかに、オクラの整理を入れようとしてました。

もう季節も季節だし、と思ってみるとオクラの優雅な花がまだ咲いています。少し離れた畝にもオクラを育てていますが、そちらは一輪ではなくかなりな数の花が咲いていました。

おやおやどうしちまったのだろう。2~3日、25度を越えた汗ばむ陽気にだまされたのか、狂ったように開花しています。

思い直してもう少し様子を見ることにしました。

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気まぐれパセリ [作業日誌]

「山椒は小粒でもぴりりと辛い」          「パセリは気まぐれでも野菜の女王」

語呂合わせですが、山椒もパセリも主食級ではないけれど、料理に欠かせないものという共通点があります。(かなり強引なこじつけですかね)

パセリはセルトレイに種を播き、育苗室で大事に大事に育て、でてきた少ない苗を移植してもなかなか揃って大きく育ちません。

2年前、パーゴラの片隅に移植し、まばらになったパセリが知らぬ間に種を落として、気づいたら小さなパセリがその一画にびっしりと発芽していました。

まったく、パセリっていうやつは、親の心子知らずというか、過保護に育てるよりほうりっぱなしのほうがよく育ってしまいました。

野菜の持つ栄養素を総て兼ね備えた完全食品のパセリですが、私はそのパセリを野菜の女王と呼んでいます。王様ではなく女王と呼ぶのは、実はこの大いなる気まぐれさによるものです。


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ネギとタマネギのケア [作業日誌]

ネギとタマネギの苗作りでは過去何度か痛い目にあっている。

今年の春、ネギは2種類の種を播いた。2種類ともうまく発芽したが、タキイの「ホワイトスター」がその後なぜかとろけるように消えてしまった。

タマネギも初年度に年末の長雨でやはり解けてしまった。

ネギとタマネギは発芽してもけして安心は出来ない。がっしりした丈夫な苗に育つまで気が抜けない。

今回は過去の失敗を教訓に、保温と保湿を兼ねて籾殻燻炭をかけた。

タマネギの一部の葉先が黄色くなっていたようなので、籾殻燻炭とともに鶏糞を追肥として播いてみた。

写真上がタマネギ、下2枚がネギです。

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サトイモは不作? [作業日誌]

埼玉県のサトイモは全国一の生産量を誇りますが、その埼玉県内でもっとも生産量が多いのが所沢です。

今年のサトイモの出来具合はあまり良くない感じです。周辺農家のサトイモはおしなべて茎が細く、背丈も低く、例年の3分の2程度の育ち具合です。
大人の背丈ほどになるサトイモですが、今年は胸の辺りどまりで、成長がストップしています。

プロの農家は夏の渇水時に井戸からくみ上げた水を軽トラに積みこみ、こまめに散水しています。
しかし、今年はその効果もあまり見られず、どうやら不作の様子です。


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